岩村城跡
大和の高取城、備中の松山城と並ぶ日本三大山城の一つ。標高721mで城下町を見下ろし、遠く御岳山、木曽駒ケ岳を望む。本丸、二の丸、出丸、八幡曲輪、帯曲輪など石垣が残る。文治元年(1185)加藤景廉の創築とされ、遠山氏時代を経て戦国時代には森蘭丸が城主となった。江戸時代には岩村藩となり松平氏、丹羽氏らが藩主として記録が伝わっている。明治維新後城は取壊されたが、1700mに及ぶ石垣は今なお往時の面影を残している。麓の藩主邸は焼失したが平成元年、ふるさと創生事業により太鼓櫓、御殿門、平重門、土蔵などが復元されている。また、敷地内には岩村の歴史を展示した岩村町歴史資料館が建てられ、近くに岩村町民俗資料館もある。
琵琶峠
大湫町と日吉町の境に位置する美濃国中で最も高い峠(標高約540m)で、周辺には往時の面影を残す道標、石仏や一里塚も現存し、峠開削時のノミ跡を有する岩などがある。
乙塚古墳
横穴式円墳で八坂入彦命の王女・弟姫を葬ったと伝えられている。
段尻巻古墳
乙塚古墳のすぐ近くにある段尻巻古墳は、楕円形の円墳で羨道、玄室があり、その間には立柱石を置いて玄関が作られています。
苗木城跡(赤壁城跡)(霞が城跡)
国指定史跡。別名:赤壁城、霞が城
戸狩荒神塚古墳
二段に築造されており、円墳としては岐阜県下最大規模。埋葬者は八坂入彦命に関係のある東濃地区一帯に権力をもっていた大豪族であると考えられています。
猿啄城址
兼山湊跡
木曽川上流部唯一の商用港でした。常夜灯と船着き場の石畳が当時の名残をとどめている。
明智城跡
遠山氏の居城。自然の地形を巧みに利用した山城。
明智城址(長山城跡)
明智光秀公の生誕の地であり、自然の地形を生かした典型的な中世山城です。
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