紀三井寺
山中に三名井をもつところから紀三井寺といい、西国観音霊場第二番札所。境内には約600本の桜の木が植えられており、関西一の早咲きの桜の名所として有名。「近畿地方に春を呼ぶ寺」と言われる。朱塗りの楼門をくぐって231段の石段を登りつめた境内からは和歌浦が一望できる。
和歌山県和歌山市紀三井寺1201
(2) JR和歌山駅・南海和歌山市駅からバスで(紀三井寺下車徒歩約5分)
(3) 阪和自動車道和歌山ICから車で
淡嶋神社
御祭神の少彦名命は、医薬の神様。特に女性の病気回復や安産・子授けなどに霊験あらたかといわれている。宝物殿には紀州徳川家から姫君誕生の折に初節句に一対の雛人形が奉納され、今もなお残っています。2月8日針供養、3月3日雛流し、10月3日甘酒祭。
和歌浦天満宮
学問の神様、菅原道真を祀り、大宰府天満宮、北野天満宮とともに日本の三官廟といわれています。受験シーズンには、合格祈願者で賑わいます。入母屋造り千鳥破風の本殿(国指定重要文化財)は、内外部ともに華麗な極彩色が施され、壁画は狩野・土佐両派の画家によるものです。和歌浦天満宮の御祭神・菅原道真公は、大宰府に左遷されて赴任する折、海上の波風が強かったためにこれを避け、ここ和歌浦の地に立ち寄られました。しばらくして波風がやみ、船で大宰府に向かう折、「老を積む身は浮き船に誘はれて遠ざかり行く和歌の浦波」「見ざりつる古しべまでも悔しきは和歌吹上の浦の曙」の2首の歌を詠み、旅立たれたと伝えられています。1月25日には初天神、8月20日には「筆塚」に使い古しの筆を奉納し、書道の上達を祈る筆供養祭が行われます。
和歌山県和歌山市和歌浦西2丁目1番24号
(2) 南海和歌山市駅からバスで(「権現前」下車徒歩約5分)
(3) 阪和自動車道和歌山ICから車で(約20分)
根来寺
新義真言宗の総本山。広い境内には大きな山門や堂塔が点在する。多宝塔は旧高野山大塔の遺構で国宝。
和歌山県岩出市根来2286
粉河寺
粉河寺は、宝亀元年(770)に大伴孔子古によって創建されました。平安時代に入り、霊場巡拝ブームにのって、貴族等の間で「聖の住所」として信仰され、一躍名声を確定しました。武士の時代でも観音霊験への信仰厚く衆庶の寺として隆盛を極めました
伊太祁曽神社
祭神である五十猛命はスサノオの尊の御子神で、父神に従って高天原から大八洲国(日本)に天降ったとき、多くの樹木の種を持ってこられ、日本全土に木の種を播き植林されたので、木の神様とされ、4月第1日曜日には木祭が行われます。また、「古事記」には、大国主神の生命を救ったことが記されており、厄除、病難除の神としての信仰もあります。
和歌山県和歌山市伊太祈曽558
(2) 阪和道和歌山ICから車で(県道9号線・13号線の平尾交差点を南進すると、踏切を越えてすぐ)
紀州東照宮
紀州初代藩主であり、徳川家康の第10子徳川頼宣が父家康を祀るために1621年(元和7年)に創建した権現造の神社。日光東照宮と同様、絢爛豪華な社殿内には左甚五郎作の緋鯉真鯉の彫刻や狩野探幽の襖絵があります。朱塗の楼門をはじめ、拝殿、本殿など7棟が国の重要文化財に指定されており、桃山時代の遺風をうけた江戸初期の代表的な建造物です。毎年5月には、和歌祭が行われ、御輿をかついだ男衆が侍坂と呼ばれる人の煩悩の数と同じ108段の階段を勇壮に練り下ります。
和歌山県和歌山市和歌浦西2丁目1番2号
(2) 阪和自動車道和歌山ICから車で(もしくは海南ICから車で15分)
加太春日神社
創建年代は不明。天正年間(1573〜1592年)に羽柴秀長の家臣和歌山城代、桑山重晴によって現在地に移転され、慶長元年(1596年)桑山氏が社殿の造作を行った。五月第3土曜例大祭渡御祭(えび祭り)が行われる。大漁を祈願する氏子総出の加太春日神社のお祭りで薙刀振り、高場に上がっての獅子舞、鬼舞、子供神輿などが行われます。
塩竃神社
万葉の時代から人々に親しまれてきた風光明媚な和歌の浦に位置し、塩槌翁尊(シオツチオキナノミコト)をお祀りしています。尊は遠く神話に登場します。兄海幸彦から借りた釣針をなくし、兄の怒りにふれて困っている弟山幸彦に「海神の所に行け」と教え、後に山幸彦は龍宮の豊玉姫を娶とられ、姫は懐妊し、安産によって御子を授けられました。このことから、現在も安産の守護として、人々に親しまれています。また、江戸時代の和歌山では「一に権現(紀州東照宮)、二に玉津島、三に下り松、四に塩竃よ」と歌われ、塩田の塩を焼く釜からこの名が付けられたといいます。神社近くの小高い丘には、干潟を望むかのように山部赤人の有名な歌碑が建っています。
和歌山県和歌山市和歌浦中3-4-26
(2) JR和歌山駅からバスで(「不老橋」下車すぐ)
玉津島神社
和歌の浦の中心に鎮座し、稚日女尊(ワカヒルメノミコト)衣通姫尊(ソトオリヒメノミコト)息長足姫尊(オキナガタラシヒメノミコト)の3女神と明光浦霊をお祀りする古社で、数々の史実に富み、特に衣通姫尊合祀以降、「和歌の神様」として広く尊崇を集めています。万葉の時代、聖武天皇が玉津島行幸され、神社背後の奠供山山頂から和歌の浦の風景を詠んだ山部赤人の「若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴きわたる」の和歌は広く親しまれています。
和歌山県和歌山市和歌浦中3-4-26
(2) 南海和歌山市駅からバスで(「玉津島神社前」下車すぐ)
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