■ 経過報告 2000年10月

 
時系列でお伝えできる経過報告は現在作成中です。もう少しお待ちください。
たくさんの方からの支援が本当にありがたい毎日です。現場でも皆心強く思っています。

実際のところ、私たちが保護を決意したのは、10月11日の朝の電話でした。
前日初めて犬たちの収容現場に行き、リスト制作に入ったところでした。現場は糞尿の臭いもひどく、犬の習性など考慮された飼育施設ではありませんでした。人を見ると我先にと吠える犬たち。ハスキーたちの遠吠えのような、悲痛な叫び声が耳を刺しました。中でも調子の悪そうな1頭の声は、まるで怪鳥の鳴き声のように響いていました。そのハスキーは脱肛していて、辛そうでした。ただ、現場には専任で世話をする従業員も2名いて、犬たちの健康管理をしているということでした。
私たちはその犬(マーク)のケージの前に行き、撫でながら言いました。
「ごめんね。あと少しの間、頑張ってね。すぐに助けるからね。もう少し待っててね」

朝のその電話は当の犬たちの所有者からでした。
「マークが死にました。もうどうしようもない」
その口ぶりは、まるで保護が無いせいでマークが亡くなったというように聞こえました。確かに帰宅途中からずっと、あの声と仕草が気になっていたのは事実でした。
マークの死の報告は衝撃でした。
心から申し訳ない気持ちで一杯になり、口が利けませんでした。気付いたとき、私は電話口に向かってひたすら謝っていました。所有者に対してではありません。亡くなったマークに対してでした。
あの状況を見過ごしてしまったのは事実です。あの時点で獣医師に連れて行き、治療されていれば助かったのかもしれません。
彼の死は、私たちの心に突き刺さりました。
私たちが本気でこの件と取り組もうと決意したのはこの時でした。
「この中から亡くなる犬は、二度と出さない。絶対に出させない」
彼の死がなければ、私たちは他の団体の存在を知ったときに撤退していたかもしれません。

初めて犬たちの所有者と話したとき、こう言われました。
「出資者であり社長だった人間が、未払いのため逃げてしまった。自分は10月1日から後処理を一任されている。現在、自分が所有している犬は200頭近くいるが、早々に店舗を閉鎖し、片付けたいと思っている。だが、従業員の給料のこともあるし、今日明日という訳には行かない。また、経済的な問題で、犬たちの世話にまで手が回らない。だから犬たちの保護をしてくれるところを探している。出来れば先に山中の犬舎の犬たち、そして最終的には全犬お願いすることになると思う」
店を閉める時期を聞くと、10月20日くらいには閉めたいと思っているという回答でした。とりあえず私たちの保護の仕方を伝え、同意できたらサインを欲しいと申し入れました。閉店まであと10日くらいしかありません。私たちは至急でリストの作成に取り掛かりました。

私たちが始めて現場に入ったときには、ホームセンターなどで安売りされているドッグフードの大袋が食餌として犬たちに与えられていました。それ以外にも隅の方に積まれたフードの袋もありました。フードは足りているのだなと思いました。
後に専任で犬たちの世話をしていた従業員に聞いたことですが、積まれたフードは支援として送られてきたものだったそうです。 ただし中はカビだらけで与えることは出来ないものだったそうです。
それでも食べ物が足りないと、それを与えるしかありません。すると血便を出す犬や、下痢になってしまう犬が続出し、結局与えることが出来ないままだと従業員に言われました。それで、自費で近くのホームセンターから安い大袋を買って与えていると彼らは言いました。給料が未払いでも、犬たちの命には代えられないと呟きました。

翌日から私たちはフードを買って現場に通うようにし始めました。同時に遠くの地方に住むメーリングリストの仲間たちに余っているフードがあったら送って欲しいと聞いてみました。そんなにたくさんいるわけではないネット仲間から、続々とフードが送られてきました。
「現場に世話に行けない分送ります。私の分の世話もお願いします。」
送られてくる大量のフードには、それぞれ自筆の手紙がついていました。
そして、そのネット仲間たちは、私たちと一緒に情報収集に乗り出してくれました。

後に分かったことですが、あの時点で、所有者はもしかしたらお金を持っていたのかもしれません。実際、その頃、ペットショップ経営の一環として地域紙にチラシを入れたりしていたようです。私たちはとんだお人よしなのかもしれませんでした。ただ、現実に、その所有者は自分でフードを買い与えることはせず、現場で犬たちの世話をしている未払いの従業員に買わせていたということだけです。

最初の2-3日で犬たちの全ての写真を撮り終え、現場に行けない仲間がリストに作り上げてくれました。
その間、私たちは情報収集をしながら、黙々と世話を続けました。
とにかく殺伐とした空気を変えるために、犬たちに声をかけ、手の回らなかったところまで、掃除しました。犬たちの環境は、薄皮をはがすように少しずつ良くなっていきました。

あくまでも、私たちのスタンスは、目の前で生きている犬たちを救うことが第一です。そして、同時進行、または犬たちの安全が確保された上で、人間社会の問題、例えば首謀者の糾弾や告発、こうしたことが二度と起きないようにするための措置を行うということです。対人間であれば、法的な動きや社会的な制裁をすることしかありません。現実にメンバーは裁判所に出かけています。

犬を商売にするとき、本来は犬好きだったはずの人が、どこかで間違えて、気付いたら犬を犠牲にするような生き方をしていることがあります。犬が好きで、犬と共にいたい気持ちは一緒のはずなのに、その犬を「利用」しようとしたとき、その気持ちが別の物になってしまう。今回の件の当事者たちは、すべてこのような人たちなのでしょう。

私たちは甘いのかもしれません。一部の保護団体の方々がおっしゃるように、黙って見過ごした方が良かったのかもしれません。そして実際に何頭も亡くなっているように、私たちが知った以降も亡くなる犬たちを続出させた方が良かったのかもしれません。手を出さなければ私たちの責任は問われなかったでしょう。たくさんの亡くなる犬が出れば、以前起きたような事件となり、センセーショナルに世論にアピールすることができたでしょう。ペットショップを擁護するような形になってしまっていると非難を受け、一部の保護をする立場の方々から妨害や攻撃を受けることもなかったでしょう。知らずにいれば平和に人間社会で過ごすことができたでしょう。口をつぐんで、見なかったフリをすれば、平和に過ごすことができたでしょう。 あるいは、今そうしているように、ただひたすら自費をつぎ込み、誰にも報せず黙々と犬たちの世話を続ければよかったのかもしれません。そのようにしていれば、きっと誰も文句は言わなかったのでしょう。

でも、それらは全て人間社会の問題です。価値観の違いの生み出す怒りなのかもしれません。既存の保護団体が指揮していない保護を行うことは、間違っているのかもしれません。一般の犬を愛する人はせっせと支援だけを出していればよいのかもしれません。
首謀者を決定し、その人間だけを追及すれば済むことなのでしょうか。本当にその人間だけを糾弾すれば済むのでしょうか。人を裁くということは、一体どういうことなのでしょうか。
結局のところ、その人間の甘言に乗ってしまい、赤字を出してしまった方々にも、またペットブームと犬市場を煽り立てることにも、縄張り争いのように他の保護について攻撃せずにはいられない現在の保護団体のあり方にも、そして面倒なことには関わりたくないという態度にも、問題があるのではないでしょうか。 これらは全て人間社会の問題であり、当の犬たちには何の罪もないと考えるのは間違っているのでしょうか。

物言わぬ犠牲者である犬。今、こうして自費をつぎ込み、他人の所有物という扱いだった犬たちの環境を整えようとするとき、彼らはけっして物言わぬ犠牲者なんかではないという気がします。ここの犬たちは私たちを使って何かを伝えたいのではないかと思うのです。
なぜ、既存の保護団体ではなかったのか。なぜ、単純明快な事件ではなかったのか。なぜ一般の方々に報せてはいけなかったのか。そしてなぜこれだけ保護団体があり、普通一般人は介入しないのに、同じような事件が続くのか。

別の生命体である犬という動物と共に生きることを、簡単に考えてしまうことがこうした事態を生み出すことになっているのかもしれません。また、逆にこだわりすぎることも別の意味で危うい結果を招いてしまうことにもなりかねません。自分たちのやり方と違うという時、相手を攻撃せずにはいられないのはなぜなのか。
すべては許容範囲とバランスの問題なのかもしれません。
もしかしたら、誰でも陥る可能性のあることなのかもしれないということです。

犬の商売、犬の保護、犬の管理。それらに関わるということが、どんなに恐ろしいことか身をもって知る機会となりました。保護に関するスタンスについても、いろいろな利害が錯綜していることに驚いています。 ですが、サイトを立ち上げたことで、本当に犬のことを心配し、守りたいと思っている方が少なくないことには勇気付けられ、メンバーの頑張る力になっています。

ルーティン作業のように、ただ生かすだけの世話だった犬たちは、ボランティアの方々の協力で、環境がずいぶん改善されてきました。悲痛な吠え声もかなり減りました。人が前に立つと座って待てるようになってきた犬も出てきました。現場の雰囲気が変わってきているのが、肌で感じられます。これがパンドラの箱の中から最後に出てきた「希望」という感覚なのでしょう。一時預かりに行った犬たちの行動経過は日記の中で紹介されています。中には本当に怖がりの子もいました。でも、信頼できる人との出会いは、彼にとってかけがえの無いものになるでしょう。

おそらくこの保護は、私たちの当初の予想よりも長いものになるのかもしれません。たくさんの方々の意識が錯綜しています。そして、今後も価値観の違いから、様々な攻撃や妨害を受けることも予想されます。

でも、もし実際に犬質となっている命があるなら、まず、その命の確保と、そして安全を守ることが第一であると考えます。同時進行で首謀者の告発が可能であれば、それはとてもスマートで美しいでしょう。ですが、もしそのことが当の犬たちの犠牲を伴うものであれば賛同しかねるというのが私たちの見解です。

現在、この保護は全て自己負担で行われています。理由はペットショップ擁護であるという糾弾によるものです。
実際、糾弾している保護団体で一般の方が参加できるBBSを持っているところはありません。私たちはそれを甘んじて受けようと考え、BBSを設置しました。
疑いに対しては応えられるだけ応えたいと考えました。
微妙な状態であるときは、公にするには時間がかかる部分もあることを伝えたいと思っています。
首謀者は店舗閉鎖の念書をとっても、平気で反故にするような人間です。
実際、閉店の念書のあと、店に行ってみた人に対して以下のように答えたそうです。
「閉店といっても、店内改装のため一時閉店するだけですよ。変な噂を流されて困ってるんですよねぇ」

(また、本日19日に店舗の方に電話確認してみたところ、元責任者はこの件から退いたことにし、従業員として働いていた2人のうちの一人が全権を委任された形にして再開店したということでした。また別の手を考えなくてはなりません)
ご判断は各自にお任せしています。私たちは保護団体ではありません。支援金で生活しているわけでもありません。今後支援を募ることになった場合でも、第三者機関にお願いして、出納に関しては全てガラス張りにするつもりです。
ただ、現在の状況ではメンバーが破産するまでこの状況が続くかもしれないことも危惧されます。
すでにメンバーの中には借金をしているものもいます。
長期間、仕事も出来ずフルタイムで自費をつぎ込み保護を行うことがどういうことなのか、今一度考えていただきたいと思います。

ただ、ありがたいことに、私たちには信頼でき、一緒に頑張ってくれている仲間が多いです。そして実際に現場を見たり、活動を見て次々とメンバーが増えています。また、大手を含めいくつかの保護団体には、妨害や嫌がらせを避けるため表面的には何もしていない状態を作っていても、実際は私たちを応援してくださっているところもあります。

保護をするとき、全てを一つのところに任せるのではなく、自分に出来ることを考え、同じ目標に向かって行動することが理想だと感じます。

それは、首謀者の社会的制裁かもしれません。一時預かりや里親への応募かもしれません。法的な告発への署名かもしれません。ボランティアへの応募かもしれません。事件を広く報せることかもしれません。一般社会での犬との暮らし方への啓蒙かもしれません。犬という動物を勉強することかもしれません。物資支援かもしれません。重複することもあるでしょう。

自分にできること。そして、理想の犬との社会とは何かということをもう一度考えてみること。あなたに今できること、そして将来的にできることを考えてみてください。お願いします。



元イベント犬を救え!プロジェクトチームメンバー 井上由理