武田信玄公銅像
武田信玄公生誕の地甲府のシンボル的存在
曽根丘陵公園
別名「風土記の丘」とも呼ばれ、東日本で最大級の前方後円墳のある公園。園内は、広大な芝生広場をはじめ、子どもたちに人気の土管のすべり台(筒状のトンネル)やアスレチック遊具などの施設が充実。休日は家族連れなどでにぎわいを見せている。歴史に触れながらのんびりと過ごすには、絶好のポイントだ。
甲府富士屋ホテル
ホテル敷地内に源泉を有する温泉は、疲労回復、健康増進に効能がある。桧の露天風呂も楽しみたい。
武田信玄の墓
1573年信州伊那で生涯を閉じ,3年の秘喪の後この地で火葬し恵林寺にて葬礼を行った。
謝恩碑
明治末期の度重なる水害が山林荒廃の進んだ結果によるものであるとして、御料林還付の請願を県より国に提出、これを受け国土保安の見地から御料林が下賜された。そうした聖恩に感謝するため大正9年に建設された。
武田信虎の墓
石和生れ。戦国の甲斐の守護大名。国内を平定し武田家飛躍の基礎を築く。天文10年長男の晴信に追われて駿河に隠棲。のち京都にのぼり、伊那高遠城で死去
河尻塚
織田信長の家臣で武田軍を破った戦国武将河尻秀隆の首塚。
飯田蛇笏の碑
「芋の露連山影を正しうす」の句碑
武田晴信室三条氏墓
武田晴信(信玄)の正室(妻)三条氏は、京の公卿(くぎょう)の名門である三条家、左大臣公頼の娘。
辻嵐外の句碑
「月の雲 々からさ岐に 離れゆき」蕉門十哲の一人後雪門派を起こす。
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