玉城城跡
琉球開闢神アマミキヨの築城とも言われ、主郭内にはかつては琉球国王も参拝したと言われる「天つぎの御嶽」があります。城は主郭から二の郭・三の郭で構成されていましたが、現在は根石を一部残すのみとなっています。
佐敷上グスク
尚思紹、尚巴志父子の居城であったが、尚巴志が中山城を滅ぼして移った際、城郭の石は全部首里に運んだと伝わる。
知念城跡
「おもろさうし」にも謡われた、知念按司の居城とされ、正門・裏門の石造アーチ門が美しい城跡です。城外には石畳をはさんで古屋敷が点在し、北西に300mほどの崖下には知念按司墓が、その近くには玉城の受水走水と同様、稲作発祥の地といわれる「ウファカル」があります。
ミントングスク
東御廻りの名所として有名。伝承によると、ヤハラヅカサに上陸したアマミキヨが、浜川御嶽に仮住まいをした後ここに移ってきたといわれています。また、頂上付近の岩陰や洞穴には神墓といわれる拝所があり、神域となっています。※個人所有地となっており見学はできません。