徳川家康が江戸に入府してから,摂津国佃村の漁師を呼び寄せ干潟を与えて築かせた島で,漁民たちは故郷の佃村の名をとって島の名とした。震災,戦災ともに免れて,大正末期の町構造が見られるのは,東京でもここくらい。佃煮の発祥地として知られる。