箱石峠
阿蘇山を東方より眺望、眼前に広がる大自然のパノラマ(国道265号)。
二重峠石畳
阿蘇市車帰の杉林の中に、かつて肥後藩の大名行列が通った石畳の道が残されている。二重峠の下にあるこの道は、座布団大の石が幅2mほどに敷きつめられ、約1.5kmにわたって続いている。近くには参勤交代の行列が休憩した的石の御茶屋跡もあり、水前寺成趣園によく似たつくりの庭にはこんこんと清水が湧き出している。
豊後街道
弁天坂と境の松坂の2つの坂は、肥後藩主加藤・細川両氏が参勤交代道として通った江戸時代より、肥後と豊後を結ぶ街道として利用されてきた。火山灰土のため土砂の流失がひどく、豊後街道の中でも二重の峠、滝室坂に次いでの難所と言われてきた。現存している石畳は、文化4年(1807)から4年の歳月をかけて、久住の手永惣庄屋久住善兵衛が築いたものである。また、弁天坂の途中には日本一の大クヌギといわれる「鞍掛くぬぎ」がある。この街道は阿蘇谷を通って久住に出る。久住は街道のほぼ中央にあたり、東南には竹田へ、北西には小国への道が分かれていた。