旧広瀬邸
伝統的な日本建築様式を持ちながらも、開国により西洋から輸入されたマントルピース、洋式便器、板ガラス、避雷針などの新しい文化が取り入れられた住友家初代総理事であった広瀬宰平の旧邸です。
遠登志橋(落し橋)
遠登志橋(落し橋)は、別子銅山を稼行していた別子鉱業所(現・住友金属鉱山(株)によって明治38年に架設された鉄製アーチ橋(長さ48.25m)です。平成5年、アーチ部分を補修・保存し、その上に比重がかからないように周遊橋のワイヤーロープ吊り橋(長さ50m・幅2m)を架けています。平成17年には、明治38年に架設されたアーチ橋が、登録有形文化財に指定されています。
武徳殿
切妻造の主屋根の周囲に下屋を廻し、中央正面には千鳥破風と入母屋造の車寄を設け、豪快な外観が特徴です。平成16年に国の登録有形文化財となりました。
真鍋家住宅
東予地方民家の原型で民家発達の変化を知る上で貴重。
近藤篤山旧邸
小松藩の漢学者として藩内師弟の教育に尽くした近藤篤山。伊予聖人といわれた篤山の起した旧邸が現存する。その私邸の書斎は、ほぼ昔のまま残り、伊予聖人の生活を今に伝えています。県指定文化財